オムリエとミソヨ。

 最初に発した言葉は「バババ」、すなわちバナナだったというエピソードを持ち出すまでもなく、ワタクシのムスメは甘いもの全般は好きです。しかし、その他の好みは渋めで、お麩、干し芋、梅干し、たくわん、豆腐、うどんそして白米といったものに目がありません。要するにワタクシどもとの好みがほぼ一致しており、普段はおおむね家族揃って同じものを食しております。

 これは楽と言えば楽ですが、時として不便な時もあります。

 というのは、ワタクシどもが食べるのを楽しみにしているものも、ムスメに発見されると、大方食い散らかされるのです。ムスメは大食漢であり、同時にちょっと食事の制限もあるので、食べられたくないものは、隠しておいて、密かに夜中に食べるということにあいなります。

 そんなムスメに知られたくない食材のひとつに「ミソヨ」があります。漢字で書けば「味噌代」。要するに手前味噌です。

 味噌を食べるのはかまわないのですが、自分で作っている手前味噌になると話は別です。ミソヨと名付け、時々優しい言葉をかけたりもして、熟成するのを待っているんです。愛着も湧いております。なさぬ仲になってもやむを得ないとまで思っております。それをむさぼり食べられるのは、いかに我がムスメであっても、避けたい事柄です。

 なのでミソヨは、陶器の瓶に入れて、目立たぬところに置いてあります。この冬を越せば食べ頃になるでしょうが、煩悩の固まりであるワタクシは、我慢できずに、時々様子を見て、少し味見したくなってしまう。

 今日も今日とて、夜中に瓶をこっそり開けて、上澄みの汁をすすり、その下に広がる艶やかでしっとりとしたミソヨをそっとなめる。

 このなまめかしく充実したひととき。

 あんまり食べると完熟するまでに味噌がなくなってしまうので、ひとくちくらいしかなめられないってのもまた秘密めいていてたまんない。まさに大人の時間。1歳半のコムスメには早すぎます。ので、ムスメが寝入ってからツマとこっそりやっとるわけです。

 これを知ったらムスメが猛然と、鼻の穴をおっぴろげて抗議するのは間違いありません。
「まな、まな(”おいしいもの”の総称。うまいな、から生まれた言葉と思われる)」
 と叫びながら迫られ、我がミソヨは情緒も何もなくムスメに食い散らかされ、あわれ熟成して味噌汁に使われる前に姿を消してしまうでしょう。

 なので、昼間は厳重にビニールで封をされた状態でミソヨはじっとたたずんでいます。夜伽を待ちながら。

 すまんムスメ。君一筋じゃなくて。

 あと、頼むから、大きくなってからこれを読まないでね。