オムリエディスコティック。

 ワタクシのムスメは、行き付けの店をいくつか持っており、そこに何が、どこにおいてあるかを、バイト君以上に熟知しており、行けば、確信に満ちた足取りで、巡回し、商品をひとつひとつ手に取り、彼女の基準で見栄えよくなるよう並べ変えたりしております。

 ワタクシどもの住居の最寄りの地下鉄の駅のすぐそばに比較的大きな薬局があり、そこもそういったムスメのパトロール先のひとつです。

 ワタクシがだっこをして薬局へ入ると、あんよさせろ、と身をよじり、下へおろすと、べたくたばたくたと小走りに、化粧品やらシャンプーやらはぶらしやらコンドームの陳列棚をすり抜け、オムツの棚で、大人用のオムツを抱えて、これを買わなくてもいいんですか、と後からおいついたワタクシとツマに訴えかける。

「これ、ちょうないね、ね(これちょうだいな、とレジに持って行きましょうね、の意)」と自慢げな顔をしているムスメに、きみの紙オムツのストックはあるし(状況に応じて、紙オムツも使います)、多分これはきみには大きすぎると思う、と言うと、しばらく考え、もう1回、これかう、とオムツを抱え直すので、いや、かわない、もどそうか、とワタクシどもが宣言して、やっとムスメは納得して、陳列棚に大人用オムツの大きな袋を戻します。

 ワタクシどもが、ようやく購入したい品物を選び、レジへ行こうかとムスメをさがすと、彼女は、オムツ棚の向いにあるコドモ用のお菓子がおいてある棚をじーと見上げている。

 ムスメが「しぇんべ(せんべいがなまった)」と呼ぶ「ひえリング」なる、ほの甘い定番オヤツ商品が、コドモには手の届かない、その、棚の高いところに置かれていることをムスメは熟知しているのです。

 本日は買う必要無し、と判断しているワタクシどもは、離れたところから、おいで、と手招きします。普段は、招くと、たたたたとこちらへ両手を上げてやってくるのですが、今回のムスメは「とうちゃんかあちゃんと一緒」と「しぇんべをかう」を瞬時にテンビンにかけ、その場にとどまり、店内に流れるモーニング娘。的な音楽(多分)にあわせて、背筋をのばした姿勢のまま両手と両ひざを上げ下げする屈伸運動をはじめました。

 U2の『ディスコティック』のプロモを彷佛とさせるそのハッスルダンスぶりに虚をつかれたワタクシどもに追い討ちをかけるかのように、ムスメは、今度はフィギュアスケートビールマンスピンさながらに両手をあげてぐるぐる回り、歓声をあげてサンバの複雑なステップを踏んで「しぇんべ」の舞いをひととおり舞ってから「これっ」と、ひえリングのある場所を指差し、見得をきってにかっと笑う。

 その様子を見て『かわいそうなぞう』を思い浮かべ、一瞬きゅんとしましたが、次の瞬間ワタクシどもは、うたちゃんもういっちょと言いながら、笑っておりました。まさにムスメオンステージイン新高円寺の薬局(って書くとどさ回りっぽくてこれまたきゅんとしてしまうのですが)。

 ワタクシどもは、お互い確かめあうまでもなく笑わしてもらい楽しませてもらった報酬として、ひえリングを棚から取り、はいどうぞとムスメに渡しました。そしてムスメは意気揚々と我々の前を闊歩し、レジに「これっ ちょうないね」と戦利品のパッケージを鼻息あらくおいて自慢げで輝いておりました。

 ムスメは「おいしいもの ほしい、だから 舞う」という欲求と行動を、ごくシンプルに行なっています。

 その行為は、うらなりビョウタンなオトナどもが及ばないタイトでトライバルな力強さを持っており、村の人々に滑稽な動きや話をした報酬に食べ物をもらう、という芸能活動の原始的形態すらほの見え、文科人類学的に価値の高そうなものでもありますが、当の本人は、家に帰ってたちまちひえリングを半分食べ尽くし、今度は口直しにチョコが食べたい、と甘え泣きしながら訴えたりしており、オトナの勝手な思い込みを蹴散らす一貫性のなさを見せているのでありました。