オムリエくあけ。

 引越しをしました。小さなコドモにとって引越しはストレスが大きいのでいつもより気をつけてあげたほうがいいだろう、とある人に言われていたのですが、実際、荷物の上げ下ろしやら掃除やら整理やらしだすと、ムスメにかまっている余裕なんぞなくなり、ワタクシと身重のツマがばたくたと歩き回る中、ムスメはひとりでシンミョウに新しい家の床に座りこんで遊んでおりました。

 ふと見ると、ムスメは、ワタクシのケイタイをあれこれいじくり回している。

 携帯電話。というものはコドモにとってはすごく、すごーく興味深いものらしく、ワタクシのムスメもお座りができるようになったくらいから、おもちゃのケイタイをいじってご満悦でした。

 ところが、少しずつ自分の持っているのと、とうちゃんかあちゃんのケイタイは違うらしい、とおぼろげに分かってきてから、おもちゃはあまり好まなくなり、さらには、ワタクシどもが使い古したケイタイを与えても、本物みたく光ったりしない、と脇へどけてしまうようになってしまいました。

 結果、ワタクシどものケイタイは、常にムスメの脅威にさらされるようになり、ツマは何度も「もう何年も連絡を取っていない昔の知り合い」たちに電話をかけられ、ワタクシのケイタイは、アサリの潮抜きをしている器の中にぼちゃんと水没させられ、データ全消滅で買い直しする羽目となり、もともと狭い交友範囲がより狭まってしまいました。

 おそらく小さなお子さんのいる家庭では多かれ少なかれそうだと思うのですが、いくつかのつらい体験の後、ケイタイはムスメの目が届かないところに置き、それでもムスメが見つけ、握りしめた際には、あれこれ言い聞かせたりして、すみやかに取り上げるようにしております。

 しかし、引越しの日は、こっちもばたばたしてるし、ムスメも退屈だろうし、アドレス帳もほぼ空だし、ということで大目に見ておりました。

 ダンボールをあっちへやったりこっちへ戻したりしているうちに日も暮れてきました。そろそろご近所さんへ挨拶回りをしてこようか、とムスメに声をかけ、おそといくーとかけ寄ってくるのを軽くいなし、ケイタイを取り戻すと、待ち受け画面が変わっている。ケイタイを買い換えた直後のひと月ほど前に、ワタクシがふたりで児童館へ遊びに行ったときに撮影した、ムスメの後姿の写真が大きな画面の真ん中にぽつんと配置されているのです。むむやったな。とさらに調べてみると、メールが作成されておりました。

 メールには、待ち受けでも使用されている写真が添付され、本文が元気よく書かれてました。

「くあけ」

 ってなんだろう? ていうかどうやってメールに文字書いて写真添付したんだ? というワタクシのギモンをよそにムスメは、自分が持っていく、と大騒ぎしながら、菓子袋を3つも4つも持って、ずるずると引きずりながら、挨拶回りにひとり出かけようとしておりました。

 ムスメは、初ケイタイメールを作成し、挨拶も彼女なりにきちんとして、さすがに疲れたのか、ばたん、と寝ました。多分、とっても気を使ったりしているんと思いますが、翌日からも起きて遊んだりいたずらして、夜は捕獲されたクマのごとき大の字で豪快に寝て、を順調に繰り返しています。

 そして、多分、自分が画像付メールを作成したことなんてとうに忘れています。ワタクシのギモンはずっと宙に浮いたままになってしまうでしょう。

 ワタクシが想像力豊かなヒトならば「くあけ」メールの空白だったあて先(さすがにそこまで作れなかったらしい)は、本当はどこに向けて書かれたものか、そしてタイトな本文には、どんな本当の意味が込められているのか、ややメルヘンチックに考えるのかもしれません。

 しかし、実際はツマとメールを見て、くあけってなんだよー、うひゃひゃひゃと笑う、という凡人ぶりを発揮しております。

 しかもそのメールは保存したりもしていて、親ばかぶりまで発揮しております。そして、ますます、ムスメのサーチ&デストロイからケイタイを守る理由が増えてしまったことに頭を抱えております。