オムリエパンツ。
ワタクシどものムスメは、ひと月ほど前から、パンツを装着するようになりました。夜寝る時などは、まだオムツですが、昼間は、オモラシもあまりせず、パンツ一丁生活をつつがなく送っております。
なのでワタクシのオムリエ業務もセガレのオムツ洗いが中心となりました。
そして、ムスメの中で、アタシはお姉さんだから、という自覚のようなものがフツフツと湧き出てきているようです。
ワタクシが、いつものごとく、風呂場でざぶざぶオムツ洗いをやっていると、ムスメもいつものようにやってきます。そして、期は熟したとばかりに、やおら、自分もオムリエをやる、と鼻の穴を膨らませて風呂場へ乗り込もうとするので、まあまあ、オムリエは結構難しいよ、となだめます。
オムツを卒業して今度はオムリエ側に回ったイケてるジブン、という絵図を撤回させられたからか、ムスメは非常にキゲンをそこね、アタシこそが唯一のオムリエであり、とうちゃんはオムリエではない、という意味の発言をしてんぷーと鼻息を荒くして茶の間へどすどす引き上げてゆきます。
そして、お姉ちゃん風を吹かすべく、そこらでごろごろ寝返りをうってゴキゲンなセガレににじりより、何やらあやしだすのですが、ほぼ例外なく泣かせてしまい、かあちゃんに叱られ、むすっとして、庭で土をほじくったりしています。
そんなムスメが、自ら用を足した時のことを、ツマはよく覚えているそうです。それまでは成功したりしなかったりだったのが、ある時、ちっちしたいとツマに告げたムスメは、あ、こうすればいいんだ、と急に霧が晴れたようにすっきりした表情になって、そのままオマルまで歩いていったのだそうです。
その表情を見て、もしや、と思ったツマの勘は当たり、その後のムスメは、ほぼ失敗なしで、パンツを脱いだり、便器に座ったりを繰り返すようになりました。
できぬできぬと思い込んでいたのが、ちょっとしたきっかけで、あできるんだ、と気付いた。それは、思い切って羽をばたばたさせたら空を飛べたコトリのように自由な世界がぱっと広がる瞬間にも匹敵する体験だった、と書けばいささかキレイ過ぎるでしょうか。
いずれにせよ、実は自分は用を足せる、と了解できた体験はとても大きく、嬉しいものだったらしく、その勢いをかって、現在のムスメは、お姉さんとしてのジブン、を大いに売り出したいようです。
今でこそ鼻息荒いムスメがまだブレイクスルーする前、オモラシした時の様子を、ワタクシは鮮明に思い出せます。かあちゃん、とツマの服の裾を引っ張り、彼女は、居心地のわるそうな笑みを浮かべて、ちっちでた、と告げ、ツマの顔を見上げて立ち尽くしていました。
木立の中をむやみに歩き続け、偶然見つかった細いアプローチを抜けた瞬間、風吹く草原が広がったかのごとく、ぱっと物事がクリアになった瞬間のヨロコビは、ワタクシも自らの経験の中からすぐさま取り出して思い出すことが出来る、ステキなものです。
だから、自らの力で自由、すなわちパンツ生活を獲得したムスメの、誇らしい気分は手に取るように感じとれるし、シンドさの分だけ、霧が晴れた開放感も大きくなるのもよくわかる。だから、いいではないの、ちょっとくらい風吹かせたって、といういささか甘めな気分がワタクシの偽らざるところです。
そんなスイートな気分が芽生えてきたオヤジの脇で、ムスメは、小用ののちもパンツをはかず、キャーキャー歓声を上げてよろこぶセガレの前で下半身丸出しでごろごろころげまわり、自由を体現しすぎた結果、ツマからこっぴどく叱られています。
このはしゃぎすぎのきらい、明らかにワタクシの系譜だと感慨にふけりつつ、ツマとムスメの掛け合いをBGMに、日は暮れ行くのでした。