男爵オムリエ。

 ワタクシのふたりのコドモ、ムスメとセガレは、カサをこよなく愛しております。

 現在3歳のムスメは、歩けるようになった頃から、色とりどりのカバンを肩からいくつもさげ、お気に入りのカサを広げて、歌をうたいながら、カッポすることを常としておりました。がっぽがっぽと大きめのサイズの長靴で、真っ赤な傘をさして、晴天の空の下、梅の花咲く景色の中を、あっちへ行き、こっちへ行き、にこにこしているムスメの姿は、たいそう幸福そうに見えました。

 モノゴコロなるものがつき始めたゆえ、最近は、外出の際はカバンは1個にして中にはハンケチとティッシュと(オモチャの)ケイタイを入れるのがいいよね、などと常識的なことを言ってムヤミにカサをささなくなってしまったムスメに代わり、今度は1歳5カ月のセガレが、カサをこよなく愛すようになりました。

 今日も今日とて、セガレは、ワタクシに向かって両手を差し出し「ちょ」と言います。これはダッコしてくれ、の合図で、ワタクシが指示に従うと、今度は「きょ」と行きたい方向を指差します。ワタクシが彼の求める場所へとダッコして行くと、そこにカサがぶら下がっており、彼は「ちょう、ちょう」と取るようにせがみます。

 ワタクシがカサを取って渡すと、セガレは、クチビルをとんがらかしてがっしと柄をつかみ、ぶらぶらと振り回します。そしてにてーと笑って身をよじり出します。下へおろすと、カサを支えに立って歩こうとして、ずっこけたりして、それでも嬉しくてしょうがないらしく、へへへえと笑っております。

 たまにうまいことカサをステッキにして、すっくと立てると、今度は誇らしいらしく、こっちを見てとばかりに澄まし顔でポーズを取ったりするその様子、「傘男爵」とでも呼ぶべき、古き良き時代の華族のごとき雰囲気を漂わせております。

 そんなセガレのこよなくカサを愛するさま、かつてのムスメとかぶさっております。

 そして、ムスメとセガレのハハオヤたるワタクシのツマは、幼少時、トチギの片田舎で、晴れた日にカサをさし、いくつものカバンをぶら下げて、庭をカッポしてゴマンエツだったそうです。

 まさに現在のムスメと同じ格好を見て、当時のツマの祖母は「アワシマサマ」みたいだ、と評していたとのことです。

 このアワシマサマ、実在の人物だったらしく、カサをさした彼女が立ち寄る先は人気が出る、という商売繁盛の象徴的な存在だったそうです。

 ワタクシが学生時代を過ごした仙台という街には、かつて仙台四郎なる人物がいたそうで「バヤン、バヤン」しかしゃべれなかったらしいのですが、彼が訪れた店は、座敷ワラシよろしく、必ずにぎわったとのことです。現在も商売繁盛の象徴として、飲食店などにポートレイトが飾られている彼と同じく、アワシマサマには、人の本質を見抜く勘が備わっていたのでしょう。そしてその勘は、一種の純粋さを持っている者のみが持てるものだったのだろうと推測できます。

 ツマの幼少時の、ぬけるような青空のもと、カバンさげ、カサさす写真を見ると、確かに無垢なる者のみまとわせることの出来るオーラ的なものが感じられ、それはまた、ムスメの、そしてセガレの姿と共通する、一種、我が子とかツマ、という存在を超えた「オサナゴ」の持つ、神聖さのようなものすら感じさせます。

 もちろんコドモは純粋だ、という単純な図式は成り立つわけもないことは、コドモを見ていれば判るのですが、しかし、幼な子とでも言うべきヒトたちは、どこか、ワタクシには伺い知ることのできない、まだ手つかずのまま残されている感覚を持っているように思います。その感覚に従って彼らは、カサをチョイスし、そして、カサやらカバンやらのお気に入りを身にまとって、自らが安心して委ねることのできる場所を探りあて、その場で遊んでいるようにすら感じます。

 だとすれば、ワタクシどものそばで、少し前のムスメと今のセガレが楽しそうに遊んでくれていることに、ワタクシは胸をなでおろすべきであり、(一応親だから)彼らが身を委ねることのできる環境を維持してゆくべくつとめた方が好ましい、ということになるのでしょう。

 まあ、そうしたところで、ムスメとセガレが商売繁盛をもたらしてくれるわけではないとは思うし、なんでカサ? という疑問が、よごれっちまったオトナであるワタクシには残ってしまうのですが。

 ちなみに先日、ツマはムスメに、アワシマサマの話を詳しく聞かせてやったそうです。神を連想させる女性とカサでつながった系譜に、ムスメが興味を示すことを、おそらくツマはどこかで望んでいたはずです。

 しかしながら、ムスメの反応は「えーおかしいよそれー」で、カサは雨の日にさすものでそんな晴れた日にさすなんておかしいじゃないくすくす、と女の子笑いをナマイキにもしていたそうです。ちょっと前の自らのことはどこかに忘れてしまったのか、恥ずかしくってあんまり持ち出したくないようです。

 幼稚園入園を前に、女の子へと変身しつつあるようなムスメ。その傍らでこれまた系譜を継ぐ我らが傘男爵は、カサを手に悦楽のひとときをすごしております。バヤンバヤン。