はっぱオムリエ。

 春から、ワタクシどものムスメは、幼稚園へと通っております。

 東京のはずれにある、その小さな幼稚園へは、普段はツマが車で送り迎えをしているのですが、先日来、休暇中のワタクシが、送迎係を行なっております。

 ムスメを送り届け、貴重なひとりの時間をマンキツすべく、近所のこんもりとした神社の裏の森で本をちょっと読んだり、散歩するカモたちとたわむれていると、もう帰りの時間です。

 ムスメの手をつなぎ、先生と握手をして、ムスメとクラスの子たちとのバイバイにつきあって、ようやく、車を発車させると、春のあたたかい風が、あけた窓から入ってきます。

 今日はね、とムスメ。クッキーとオセンベイをもらったんだ。

 ムスメは、お兄さんお姉さんと同じように、オヤツをもらえるようになったのが、嬉しくて仕方がないようです。そして、こよなく愛するおいしいおかし、を幼稚園で出してもらえることも、嬉しくて仕方がないことなのでしょう。

 緊張が少しずつとけてきたのか、今度はムスメは、園のともだちの名前をひとりずつ読み上げていきます。名前の数は毎日増えてゆきます。ムスメにとってのともだち、が少しずつ増えていっている、ということなのだろう、と、ふむふむ聞いていると、今度は、うたを歌い出します。

 細く高い声で、しかしロウロウと彼女は歌いあげます。

 どうやら、園でみんなと歌ったうたのようで、となりのひとと手をつなごうね、というおだやかな内容の歌詞なのですが、展開することなく、手をつなごうね、のままループをはじめ、いつしかノイズ音楽もかくやとばかりに、メロディーなしのシャウトへとなだれこみ、ビョーク姉さんすらホウフツとさせるハイキーのオタケビに、ワタクシが思わず笑うと、ムスメも、あはははあ、大声で笑います。

 それで、今日の幼稚園での報告、は終わったようで、ムスメは、はなうた混じりで車窓の景色に目を向けます。そしてほどなく飽きます。

 ねえ。まだおうちにつかないの。

 もうすぐ、府中街道に入るよ。そうしたらもうすぐだよ。

 やだ。今すぐおうちについてほしい。

 今すぐは無理だよ、もちょっと。

 やーだ。今すぐがいい。

 ほら、府中街道に入ったよ。

 ぶつくさ言うムスメをどうにかなだめながら、信号で止まります。

 脇にある小さな駅に、ちょっと前に電車が到着したらしく、大勢のひとが自転車に乗って、横断歩道を渡っています。

 ここは自転車街道だ。

 急にムスメが言い出します。

 違うよ府中街道だよ。

 ワタクシが常識的に返します。

 ちがう。自転車かいど……、と言いかけてからムスメはきょろきょろまわりを見渡します。そうだ電信柱街道だ。

 えー電信柱なんてどこにでもあるじゃん。ワタクシも面白くなってきます。なんかかっこわるいし。

 じゃあ看板街道。えーと、ひと街道、目に入るものすべてを冠した街道名をいいながら、ムスメも笑っています。

 じゃあ、はっぱ街道。

 あ、それいいじゃない。そういいながら前を見ると、こんもりとした緑が向こうに見えます。うん、いいじゃない。

 改めて見渡すと、5月を間近にひかえた晴れた空の下、きゅっきゅと磨きあげたみたいな緑のはっぱが、あちらこちらに茂っています。

 春が来て、ムスメは幼稚園へ通いだし、そして、にこにこ笑いながら、新緑の季節を迎えることができました。
 
 信号が変わるまでに、ワタクシとムスメは、帰り道をはっぱ街道と呼ぶことに決めました。

 そして、はっぱ街道のうたを歌うムスメを後ろに載せ、ワタクシはハンドルきりきり、家路をいそぐのでした。