小鉄オムリエ。
現在1歳6カ月のセガレ、イノジは、どうにか歩くことと、コトバを操ることを、始めております。
歩くと言っても、数歩、どうにかUターンができて、皆に褒め讃えられて、にてーと人のいい谷啓、みたいな表情で笑うくらいで、もっぱらはいはいを移動に重用しておりますし、コトバのレパートリーは「ちょ(あっち、の意)」「たてぃ(だっこ、の意)」といった指示語と「ぱーぷ(パトカーもしくは救急車、消防車)」「でんた(電車)」「ぱんぱんぱ(アンパンマン)」そして「まま(かあちゃんもしくはごはん)」といったオキニの固有名詞を単発で出すくらいです。
しかし、それらを駆使しながら、セガレは、世の中に対して、積極的に興味を持ち、関わることを始めるようになりました。早い話、やんちゃを始めるようになったのです。
先日から、ワタクシどもは、ツマの実家に来ております。実家の庭には、犬やネコ、キンギョなどの動物がおり、しばしば構成数に増減があるのですが、今回行ってみると、子猫が一匹増えておりました。
『じゃりン子チエ』に出てくる小鉄そっくりの毛並みの子猫は、まだヒトに対しての警戒心と興味が未分別で、でたらめな動きでワタクシどもに近づいてきます。
ムスメなどは、そんな子猫ごときでびびってしまい、おとうさんはやくネコだいてー、とへっぴり腰でワタクシにあたるのですが、そんなねえちゃんをよそに、セガレは、子猫をはじめとする動物たちに対して尽きぬ興味を持ったようです。
久しぶりの実家で、あちこちにあるイケてるアイテム(ポットとかごみ箱とか)に興奮して、家じゅうでイタズラを繰り返していたセガレは、ひと段落したのか、ワタクシに向かって両手を差し出し、
「たてぃ」
と言います。そしてワタクシがダッコをすると、人差し指を玄関に向け、
「ちょ」
と言います。がらがらと戸を開けて外に出ると、もう外は夕暮れです。びーびーと虫が鳴き始めた外は、暑かった昼間のせいか、夏の匂いすらします。
子猫がワタクシどもに追いつき、ちょっとだけまとわりついて、そのまま庭の外へ出て行きます。
それを追って往来に出ると、セガレは身をよじって、きょー、などと擬音を挙げて、おろせ、と要求してきます。
関東平野のはずれの小さな集落ゆえ、車が通ることもまれな往来におろしてやると、セガレは、ものすごい勢いではいはいを始めます。
その様子をみてあきらかにぎょっとしている小鉄。毛を逆立ててはみるものの、やはり、興味もあるようで、そろそろと近づいてきます。
側溝の鉄網を仔細に点検していたセガレことイノジは、そんな小鉄を見て、こちらも大いに興味を持ったようで、彼に近づき、ちょー、と挨拶らしきものをします。
でっかいのがばたくたと近づいてきてびびる小鉄は、あらためて毛を逆立ててぴょんぴょんはねます。きょとんとするイノジ。まいいかと今度は、路傍の雑草などを観賞しているのですが、小鉄がうろうろするので、また彼へとはいはいで向かいます。
そうするとまた小鉄びびる、毛を逆立ててぴょんぴょんはねて、ふーとか言う。このセットが何度か繰り返されて、いささかにぶめのイノジもようやく、小鉄のイカクを感じ取ったらしく、きゃーと雄叫びあげ、でもちょっとびびったらしく、ワタクシに向かって、たってぃと手を差し出してきます。
セガレを抱き上げ、子猫に、おい小鉄、帰るぞ、と声をかけて、庭に入ると、今度は金魚のいる水槽の前で、セガレがまたも身をよじります。わかったよ、と、おろすと、生意気にもよたよた歩いて水槽の縁までいって、水を入れ替えるためにつっこんでいたホースを取り出して、ぶんぶん振り回します。
もうすぐおふろだし、まあよかろうと、そのまま水遊びをさせていたら、往来遊びをタンノウした小鉄がよってきました。
それを認めてじっと見つめるセガレのイノジ。やおらホースを彼に向けてちょー、と差し出します。
びびりつつも、今度はぴょんぴょんはねることなく、え、いいんすか、とおそるおそるホースに寄ってくる小鉄。いいんだよ、とオウヨウに待ち続けるイノジ。
ほんの数秒が何十倍にも感じられるような、濃密な空白の後、ついに小鉄がホースの先からでてくる水に口を付け、ワタクシ、彼らの友情をしかと受け止め感動する、心づもりはしていたのですが、小鉄が口をつけたとたん、イノジ、バランスを崩し、ホースを目の前でとっぱずされた小鉄はあわてて飛び退いてしまうのでありました。
しかし、逃げることなく、ホース振り回すセガレのそばで、土の匂いをかいだりしている小鉄は、はっきりと、彼に対しての警戒心を緩めております。
そろそろおふろだよーとムスメがサンダルつっかけてやってきます。
小鉄を見て、速攻逃げられる体勢を整えたものすごいへっぴり腰で、腕を最大限のばして、ちょっとなぜてから、セガレがぱしゃぱしゃやっている水槽に、ちょびっと人差し指をつけてえへへえと笑うムスメ。
さあ、そろそろ入ろう。そう言ってワタクシは、再びセガレ抱き上げ、ムスメを促して家へのアプローチを歩きます。
セガレは、そもそも、まわりのヒトたちに、にてーと笑い、そして、ひとりでもくもくと遊ぶことを常としておりました。
あれをして、これはしたくない、まわりのオトナに自らの要望を伝えるためのツールであるはずの、コトバを、あまり覚えない彼は、その分まわりに要望することも少なくように感じており、いささか心配なときもありました。
しかし、セガレはセガレのペースで、ちゃんと世の中や、オトナやおともだちに、コミットしようとしているようです。
そして、コトバや歩行の急激な成長っぷりや、小鉄へのぶしつけで、素直で、求めすぎない興味の持ち方を見るにつけ、イノジは、女の子であるムスメとは違う、男の子だなあ、と感じてしまうのです。
ぺたくたと歩くムスメとぴょこぴょこ歩く小鉄を先導に、セガレを抱いて歩くワタクシ。仲間ができたような気がして、まんざらでもない気分です。空は夜の群青が太陽の残光の上に重なり始めています。
ま、男同士、いろいろ楽しくやっていこうぜ。
鼻歌まじりで、がらがらと玄関の戸を開けるやいなや聞こえる、はやくおふろ入ってねーとツマの声。
その声に、はっと身の引き締まる思いとともに、はい、と従順に返事するワタクシ。
男らしさ、というものをセガレに教えられる日は、来るのかどうか、いささかの不安を残しつつ、ムスメ含めて風呂場で大騒ぎしつつ、田舎の夜は更けてゆくのでした。